大学生が見た“高校生直木賞”決定の瞬間

 去る5月6日(日)、文藝春秋にて第5回高校生直木賞の本選会が開かれ、我々Book Portal もその場で一部始終を見守らせていただいた。本記事ではその魅力を余す所なくお届けしたい。

高校生直木賞とは?

 全国の高校生たちが集まって議論を戦わせ、直近一年間の直木賞の候補作から「今年の1作」を選ぶ試みです。

 フランスには、読書教育の一環として二十五年以上にわたって行われている「高校生ゴンクール賞」(毎年二千人を超えるフランスの高校生たちが参加し、権威ある仏ゴンクール賞の候補作の中から自分たちなりの1作を選ぶ)があります。その日本版を目指して2014年5月に第1回(受賞作『巨鯨の海』)が開催されました。

(高校生直木賞公式サイトより引用)

 上記のように高校生直木賞とは「高校生の作品を競い合う」のではなく、「高校生が自分なりの1作を選ぶ」ことを目的とした、新しい切り口のイベントである。

本選会の模様

 予選会で選ばれた候補作は、

の計5作。そのうち直木賞受賞作品である『月の満ち欠け』・『銀河鉄道の父』の2作は他作品より予選会時の評価が低く、「一筋縄ではいかない高校生直木賞」として会場内の期待を煽った。会は事前の評価が低い順に1作ずつ議論をしていく形で進行した。

1作目『月の満ち欠け』

あらすじ
 高田馬場駅のレンタルビデオ屋から始まった数奇なラブストーリー。不自然なほど大人びた喋り方をする少女。彼女はずっと誰かを追い求めているようで― ―? 世代を超えた関係者が集う時全ての謎が明かされていく。

 最初の作品ながら白熱した議論となった。輪廻転生という一種宗教的でもあるテーマを読みやすく描いた点への評価など、主題である輪廻転生に絡めた意見は多く挙げられた。また、ストーリーの中で繰り返される転生に対し、「それに巻き込まれてしまう周りの人々に共感してしまい、素直に入り込めなかった」といった意見も挙げられた。作品自体の評価には、たくさんの謎がすっきりと解けていくのが面白いという読み応えへの好感に反し、あまりにもすっきりと話が終わるため後味が薄く、他の作品のように印象に残らなかったという率直な意見も。作品の受け止め方の違いが表れていた。

2作目『銀河鉄道の父』

あらすじ
 本作は二つの楽しみ方ができる。一つは、宮沢賢治はどのような時代に生き、影響を受け、何を考えていたのかという伝記としての面白さである。もう一つは、昔ながらも現代の人々にも共感を得るであろう父と家族の関係である。時代と人の関係、父親の姿といういつの時代にも存在するテーマが巧みに書かれている。

 続いては『銀河鉄道の父』。「誰もが知っている文豪・宮沢賢治を父の視点から描くというのは実に斬新」「父子の関係がありありと描かれていて心が温まる」「賢治の見方が大きく変わった」というような意見にまとまっていた。また、「作者の文章力が高く一度も手を止めずに読み終えた、小説を読まない友人に薦めても好評であったため強く推せる」という生徒もいた。しかしながら、「発想が斜め上とはいえインパクトに欠ける」「父が子を溺愛する気持ちに共感できない」等の理由から、他作品と比べて評価を下げざるを得ない学校が多かったようだ。自分の中の賢治のイメージが崩れてショックを受けたという生徒が多かったが、それに対しては、「父の視点というフィルターを通して視るからこそ彼の魅力が失われることなく、その一方で移ろう時代の中に生きた父の葛藤や苦悩が見事に描かれているのだ」という鋭い指摘があった。途中、賢治の故郷・岩手県を代表して盛岡四高の生徒さんが「方言は気になったか」など参加校に訊ね、会場が和んだ。

3作目『あとは野となれ大和撫子』

あらすじ
 中央アジア、かつて水で満たされていた大地にある国、アラルスタン。両親を爆撃で失い、孤児となったナツキは、女性たちが務める「後宮(ハレム)」に引き取られる。それから15年、大統領暗殺と議会消失という国難に対し、後宮の女性達で国をやってみることに……。女性達が活躍する痛快小説!

 高校生が高校生に読んでほしい本という観点から賞に推薦する学校が多かった。目を惹く表紙、インパクトのあるタイトルに加えて、「軽い文体で景色は映像のように浮かび、少年マンガのような疾走感で読みやすい」という、その取っ付きやすさに人気が集まった。「中央アジアを舞台に紛争など重いテーマを取り上げながらもわかりやすく、他人事でないと考えさせられるメッセージ性はまさに高校生直木賞にぴったり」という評価が肯定派では大勢であった。他方、「ご都合主義がすぎるライトノベルのようだ」という否定派の論調も強かった。他にも主人公が日本人である理由に疑問の声が上がるなか、「読者と同じ客観性を持った第三者によって語らせるべく、彼らは日本人に限らないが少なくとも、現地から見て異文化の人間である必要がある」という深い考察が聞かれた。

4作目『火定』

あらすじ
 奈良時代を舞台にしたパンデミック・パニックを描いた作品。主人公は高校日本史でお馴染み悲田院で働く新米官吏。ブラックな職場から逃げ出そうと決意を固めていた矢先に都で奇妙な病が流行り出し……

 読後に強いメッセージを痛感させられるという点では肯定派も否定派も異論はなかった。肯定意見としては歴史小説でありながら古めかしさは感じず、人間の命、エゴイズムなど一文一文考えさせられる、「むしろ今を生きる我々に通ずるものがあり、賞に推薦できる」と押された。しかし当然、難しい内容であるからこそ個人の好き嫌いや、高校生への推薦可能性が問題となった。これは肯定派も言及していたことだが、あまりに生々しくグロテスクな描写に気持ちが悪くなってしまうということである。リアルに基づくため致し方ないことだが、耐性のない人には読むのが苦痛になってしまう恐れがあるというのだ。そして、最大の特徴である強いメッセージ性については、急展開を迎え人々の心境変化についていけず、あっけなくラストを迎えることを鑑みて、「作者は伝えたいことを意識するあまり物語を疎かにしてしまっているのではないか」という意見が挙がった。決して評価が低いわけではないものの、選考4作目ともなると参加者の批評もかなりレベルが高くなっていた。純粋に面白いと感じる本か、同年代に薦めたいと思える本か。参加校それぞれに異なる基準が顕著に現れ、深長な議論であった。

5作目『くちなし』

あらすじ
 様々な世界観で織りなすこの恋愛短編集は、時に切なく、時に妖しく、読者の心を揺さぶってくる。私たちの常識とは少しズレた世界を出し抜けに突きつけてくるこの特徴的な文体にハマったら最後、次の話へ次の話へと頁を繰る手が止まらない。

 審議が『くちなし』に移った時、いよいよ来た! という雰囲気があった。それもそのはず、『くちなし』は5作の中で最も事前評価が高く、ここに至るまでも他作品と評価を競った対象としてよく皆の口の端に上っていたからである。目立ったのが「純粋に面白い」「好きすぎて逆に人に勧めたくない」等理屈を抜きにした高評価の声である。「幻想的」「大人のおとぎ話」等その独特な世界観に魅せられた人が多かったようだ。反論としては、「世界観が独特すぎてついていけない」などがあった。世界観が人によって好みが大きく分かれるであろうことは肯定派も頷かざるを得ないところであり、以後はそれを前提にした上で「それでも」推したいという方向に議論がシフトしていった。最終的には高校生に本作で描かれているような愛が理解できるのかというところまで話題が及び、事前の最高評価作に相応しい充実した議論が展開された。個人的には「コミュニティからどこか外れた人が登場するので、これは周りの世界に疎外感や孤独感を感じがちな高校生に寄り添ってくれる作品かなと思います」という意見に特に感銘を受けた。

2次投票

 これまでの議論を受け、代表生徒達の間でまず候補を3作品にまで絞る。この時点で開始から3時間以上経っていた。大議論の結果は――『あとは野となれ大和撫子』、『火定』、『くちなし』。奇しくも事前評価の高い順になった。しかしながら、ここ2 年とも最後は事前評価を裏切った結果になっている。いかに評価が高かった『くちなし』といえどもどうなるのか。会場が息をのむ中最後の応援演説が行われた。『火定』は「このテーマは確かに重いし読みづらいが、だからこそ読んでほしい」と静かで重々しく、だが会場の誰の耳にも届くはっきりとした声音で主張された。『くちなし』は「とにかく面白い」と熱弁が振るわれた。ここにきて『あとは野となれ大和撫子』を推す声が多く上がる。「創作の中ぐらいは幸せに」等、“高校生”のための賞にはこれが相応しいと判断されたようだ。ざわつく会場。流れが変わるのを感じた。「結果が読めない」という空気が会場に満ちる。いよいよ最後の投票が始まる。

挙手による投票の様子

 司会が一つ一つ丁寧に題名を読み上げていく。永遠にも一瞬にも思えた間の後、一言告げられた

「受賞作は『くちなし』です!」

 大きな拍手に包まれる会場。受賞決定後すぐに文藝春秋の方から彩瀬さんに結果が伝えられ、電話で会場の高校生達に「これは好き嫌い分かれる作品だろうと思っていたので怯えていた側面もあった」「日常と地続きでないこの幻想の世界は読み手に溜まるので娯楽としてすいすい読める本ではない」「深くメッセージを解いて受け止めてくれた方がいたことに感謝」など喜びの声が届けられた。

インタビュー
 本選会終了後、市川高校の代表生徒さんにお話を聞くことができた。
彼女は受験期に読書を禁じられていても読める文字を探してしまうほどの活字中毒であり、文芸部に所属しているという。高校生直木賞の魅力を尋ねたところ「周りにあんまり本が好きな人がいないので、そういう人と関われるのが楽しい。本の感想について言い合える貴重な体験ができるから絶対続けていってほしいと思う」と語ってくれた。来年もできれば参加したいそうで、同じ本について多くの人と語り合える場としての、高校生直木賞への熱い想いが感じられた。ちなみに受賞作の『くちなし』の中では、特に表題作と「愛のスカート」が好きらしい。ちょっと異常な愛の描写に感銘を受けたとのことだ。

  また、高校生直木賞という試みの今後の展望について「オール讀物」編集長・大沼貴之氏にお伺いしたところ、「何よりもまず多くの人々に存在を知ってもらいたい。高校生は大人が思っている以上に大人。彼らを大人の基準で決めつけてはいけない。文学賞にとっての出版業界も同じこと。皆で議論を交わした末に一つの受賞作が決定され、拍手が鳴り響く瞬間には達成感があり、作家さんにも受賞の喜びがある。受賞をきっかけに高校生が作品を手に取ってくれれば嬉しい。参加校数的な規模はこれ以上広げられないが、口コミで二次的な波及を目指す。細く長く続けたい」と話された。高校生直木賞が一つの文学賞として老若男女から認知されるほどに影響力が高まることは、本を読むすべての人にとって望ましいことであろう。今後のさらなる盛り上がりに期待が高まる。

  我々も高校生達の本に対する熱い想いに触れ、改めて自らの読書生活を見直す契機となった。

 此度の取材に当たりお世話になりました文藝春秋「オール讀物」編集部の五十畑美紗さん、快くインタビューに応じてくださった同編集長の大沼貴之さん、ならびに市川高校の代表生徒さんに心より感謝いたします。

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